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2014'03.06 (Thu)

おもいでばなしのつもりが。。

《里の秋》

静かな静かな 里の秋
お背戸に木の実の 落ちる夜は
ああ 母さんとただ二人
栗の実 煮てます いろりばた




《スキー》

山はしろがね 朝日をあびて
すべるスキーの 風きる速さ
飛ぶは粉雪か 舞い立つ霧か
おおおこの身も かけるよかける




《ふじの山》

あたまを雲の 上に出し
四方の山を 見おろして
かみなりさまを 下に聞く
富士は日本一の山




この3曲はまだ私が小学校に上がる前に、朝 目が覚めてから
布団の中で母がよく唄ってくれた歌です。

不思議な事にかなーーーーーりの年月が経ってるのに
今でも(1番だけだけどね)歌詞を覚えてます。
あの時の光景もはっきりと浮かんできます。


【More・・・】

この頃の母は私の周りにいる誰よりも優しかった。
私もそんな母が大好きだった。



でも私が思春期になり反抗期になった頃
そんな母が今で言うところのウザイ?和歌山弁で言う所のうっとしくて
そんな母よりも友達と遊ぶのが楽しくなり
母の言う事も聞かなくなって、そんな私に母は口うるさく小言ばかりで
私は、母の事が嫌いになっていった。





で、色々あり・・・それから年月が流れ
私も大人になり反抗期は無くなってからも
今度は一人の人間 女として母の事がやっぱり嫌いだった。



やっぱり同性同士って言うのは、分かりあえなくなると難しいもので。
それが自分の母ともなると・・。余計にね。




で、私が親元を離れてからも嫌いだと言う気持ちは変わらず
でも親だから、会わないわけにもいかず・・・・。

そんな日々を繰り返しながら過ごして来たけど。



この間にも色んなこともありちょっとは母を好きだと思える日もあったり
やっぱり嫌いや!と再確認した日もあったりしたけどね。




そんな母が昨年の8月に信じられないくらい呆気なく亡くなってしまい。


もうあれから半年以上経つのに未だに私の感情は
母がこの世にいないのを受け入れられていないみたいです。


亡くなってからお通夜、告別式等で忙しく悲しんでる時間もなく過ぎて行き
最後に母の亡骸に・・の時も
事の重大さを感じる心の余裕もなく、普通に涙も流さずにスイッチを押した私。


今でもあの時のことを思い返してみても、感情が湧かない状態です。
私は今でも母が死んだことで、泣いてないように思う。

父の時と比べても、全然泣いてない。
と言うか、泣けない。


最近感じてることは
多分 もうずっとこのままなんだろうと。



いつか母に私が母の事を嫌いだった訳だとか、
文句の1つや2つくらい言いたかったのに
もうそれも言えないんだと思うと、何とも言えない気持ちだけど。










↑この記事を書き始めたのが2月17日でした。
ずーっと書いてたわけじゃなく、時々記事を書いて・・
また消してみたりと、約1ヵ月近く経ってしまいました。





母と私は今世では母娘と言う絆を築けなかったけど
来生と言うのがほんとにあって
また もし同じ時代を生きる事があるのなら
“今度こそ母娘をやり直したい”



・・・と言えば綺麗にまとまるんだろうけど
私は母とは二度と母娘にはなりたいとは思わない。

もし出会うことがあるのなら、友達がいい。
親友ではなく、友達がいい。。





今そう思ってる私は、嘘をつくなと教えられて育った
あなたの教えを守ってる、あなたの娘です。





やっぱり私にとって母と娘は永遠のテーマみたいだね。


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